06.2. 文学

物体の作りだす陰翳、明暗にこそ美が

本当に暑い日が続きますね。
でも、まだ7月ですよね・・・。

日中気温が危険レベルになるとは、地球も大変なことに
なってきているのだろうか・・・と考えてしまいます。

谷崎潤一郎の名作で「陰翳礼讃」がありますが、
美しい写真とセットになった「陰翳礼讃」が出版されています。

谷崎氏の感じる数々の“日本の美”が見事に
写真とマッチしている気がします。
また、写真があるがゆえに読みやすい・・・。

文章の中に、
「美は物体にあるのではなく、物体と物体との
作りだす陰翳のあや、明暗にあると考える」
とあります。

日本文化の奥深さが感じられます。

この作品自体がみずみずしい文章でつづられ、
今なお古さを全く感じず、素晴らしいと思います。

写真を眺めるだけでも、少し暑さがやわらぎました。

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読む力を育てる

先月、磐田図書館で、子どもの読書についての講演会がありました。

不思議のアリス等の翻訳も手がけている脇明子先生のお話でした。

「質の良い読書」は、
 ・生きる力の基礎となる
 ・想像力、記憶力、思考力を育てるのに役立つ
 ・自分を客観的に見る、メタ認知能力を育てる
 ・書く力を育てる

とのことです。

もう一つ、なるほどなぁと思ったのがありました。

アニメ、ゲームなどでの刺激の強いメディアは現実世界では
得られない【ワクワクする興奮と万能感】を与えてくれる。

簡単に得られる興奮と万能感はどんどん目減りして、さらに
刺激の強いものを求めるようになり、現実世界が退屈になり
仮想世界にはまっていく危険性があるとのことです。

これは、アルコールや麻薬、ギャンブル依存のメカニズムと
同じでこのサイクルにはまると抜け出すのは難しい。

ゲームや携帯電話の機能がどんどん高度化し、そういった
業界は子ども達をいかに取り込むか考えています。

子どもは実体験を積む貴重な時期だと思います。
そして、読書が内面を豊かにしてくれると思います。

メディアへの関わり方による危険性についても考えさせられました。

ぴったり、しっくりの適材適所

金田一秀穂さんのエッセイでの、寺社建築会社社長とのお話から「ぴったり」
と思ったというお話。

建物を造るときに四隅の柱が重要。まずこれを選ぶところから建築は始まる。

建物の南側に使われる柱は、その森の南側に生えていた木を使い、北側に
生えていた木は北側の柱として使う。その際、生えていた向きも重要。

四隅に、生えていた時と同じような状態で柱を立てる。

建物はそこで森になる。
森の中と同じように生き続けることになる。

森で生えている一番いい木を四本選んできて使えばいいではないかと思うが、
それではだめなのだそう。

「適材適所」という言葉にまさにぴったりの状況。

ある場所に、いかにもそこに適う人がいる時、他人は「ぴったり」という。
ある場所がぴったりだなと自分が思ったとき、自分は「しっくりする」と思う。

東側の柱になった東側に生えていた木は、多分、しっくりしているに違いない。
間違って使われた木は、きっと憂鬱であるに違いない・・・。

とのこと。

適材が適所におさまると、「ぴったり」して、しっくりするんですね。

私達も、自分たちの素質をまず見極めないと始まらないのかなぁ・・・。

案外「適材適所」って難しい。。。

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レット・イット・ビー

Let it be

レリビー レリビィ レリビ~ レリッビィ~

ビートルズの名曲です。
ピアノから静かに始まるサウンドがいいですね。

いつ聴いても聴き入ってしまい、口ずさんでは何度も聴きたくなります。music

70年の曲ですが、タイムリーに聴いていなくても、多くの人が
この曲を聴くと、なぜか懐かしい郷愁感に浸ったり、励まされたり
するのではないでしょうか。

Let it beの“be”は、見た通り、Be動詞の原型です。
主語が、私、あなた、彼ら、それ・・・・なんであろうと、状態・存在を表す
Be動詞の原型はbe

“~である、~になる”などと訳されますが、つまり、存在する・しているって
いうことですね。過去でも現在でもない。

Letは、させる、~することを許す、仕向ける、というような意味。

Let it beは
“それをそのままの状態として存在することを許しなさい、受け入れなさい”
(強い命令ではない)
→あるがままに、なすがままに

という意味になると思いますが、“Let it be” って大きくて深いですね。

wisdomは、賢明、知恵などを意味し、形容詞はwiseで賢明な、思慮深い等です。

一見シンプルな歌詞ですが、器の大きい歌でやっぱり名曲です。

When I find myself in times of trouble      
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom
Let it be

And in my hour of darkness
She is standing right front of me
Speaking words of wisdom
Let it be

Let it be, Let it be
Let it be, Let it be
Wisper words of wisdom
Let it be

And when the broken hearted people
Living in the world agree
There will be an answer
Let it be

For though they may be parted
There is still a chance that they will see
There will be answer
Let it be

Let it be, Let it be
Let it be, Let it be
There will be an answer
Let it be

悩み苦しんでいるときには
母なるマリアが僕を訪れ
知恵ある言葉をかけてくれる
なすがままに

闇に包まれているとき
彼女はぼくのすぐ目の前に立ち
知恵ある言葉をかけてくれる
なすがままに

なすがままに、なすがままに
なすがままに、なすがままに
知恵ある言葉をささやくがいい
なすがままに

打ちひしがれた人たちが
この世界で心をひとつにしたとき
きっと答えは見つかるだろう
なすがままに

たとえ今は別れ別れでも
いつか会える日がくるかもしれない
きっと答えは見つかるだろう
なすがままに

なすがままに、なすがままに
なすがままに、なすがままに
きっと答えは見つかるだろう
なすがままに

(「The Beatles 1」より)

レット・イット・ビー Let it be (The Beatles)
http://www.youtube.com/watch?v=MSru1jYhZJ8

フェーン現象ではなくて、「ふーん現象」

まだまだ、暑い日が続きますね。

「ふーん現象」て・・・。

星新一さん著のショートショート『おかしな先祖』にある「ふーん現象」より、
大まかなあらすじです。

ある医師のところに、おかしな患者達が来るようになった。
変に理屈っぽいのに、自分の名前はぼやけてよくわからないという。
呼びかけても無反応で、右から左へ抜けていく感じ。

それが、ほうぼうの病院でおこっていて、手当てをしても快方に向かわない。
よって、1つの建物に患者たちを集めて、カメラをつけて経過をみることとした。

医師たちは“何か緊張感を与えて、目を覚ませたほうがいいのではないか”
と、色んな大ニュースを作り送り込むこととした。

医:“ただいま大事故が発生し、死者多数・・・”

患者たちの反応は・・・、
“ふーん”“あんなとこにいあわせなくて良かった”
春の牛の鳴き声のようなのんびりした声。

医:“銀行が1つ倒産しました!経済界は混乱するでしょう”

患者たち:“ふーん”“政府が何とかするだろうよ”

医:“南米の奥地に空飛ぶ円盤が次々に着陸しております。皆さん慌てないように!”
患者たち:“ふーん”“来ちまったんだからしょうがないね”

医:“地球に来訪した宇宙人は地球の滅亡が近いことを告げていきました!”
患者たち:“ふーん”

医:“あなたはまもなく死にます。この診断書の通りです”
患:“ふーん”“その診断書だれのです?”
医:“あなたのですよ。ほら名前があるでしょ”
患“そうですかねぇ”

医師たちは、毒のないサソリを病院に放してみたり、サイレンや爆発音を
不意にならしてみた。

しかし、反応は・・・

“ふーん”

あらゆる手をつくした感じで、医師達は困り果てた。
また、基本方針が間違っていたのではないかという議論の最中に“ふーん”
という反応をする医師達も出てきて、患者の建物送りになった人もいたり、
医師達も混乱した。

そして、どうすることとしたのでしょうか・・・・?

“ふーん現象”の中にいても、自分ではなかなか気が付かないものですね。

情報過多な中にいて方向を見失うと、ごみのような情報の山に埋もれて
肝心なものを忘れてしまいそうです。

家の中も、情報も不要なものをため込まないほうが良さそうです。

星さんの小説は、今読んでも古くなくユーモアがあって、考えさせられますね。
話のオチは、小説を読んでみてください。(^^)/

“ふーん”

え?

タイトルと装幀に惹かれた「だから人は本を読む」

化粧品メーカーの資生堂の社長、会長を経て、名誉会長をされている
福原義春さん著の「だから人は本を読む」

図書館でたまたま見つけました。

読書を通して多くの「知」に触れることの大切さを語っています。

“本を読まなくても生活はできるし人生の長さに変わりはない。
でも、人生の質ということを考えてみたい。”と。

人生の質・・・。

“教養とは人間の本質に迫ること”、“企業人は多くを本から学ぶ”など
なかなか説得力があります。

「知」は古典によって得られる、とおっしゃる通り、先人が深く考えたことから
得られるものは多く、過去の偉大な人物に、書物を通して対面・対話できるって
素晴らしいことですね。

福原さんの偉大な人間性も、多くの本によって作られているんだろうな、
と感じました。

また、福原さんは現在、資生堂名誉会長だけでなく、東京都写真美術館長、
(財)かながわ国際交流財団理事長等・・・多くの公職を持ち、ご活躍されている
だけでなく、著書も多数です。

「知る(学ぶ)」ことや「考える」ことって、大切です。

いくら外国語を一生懸命勉強しても、自分が考えていること以上のことを
話すことは出来ないですから・・・。

元々読書が好きな私ですが、もっと読書をしようと改めて感じました。

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すっきりした空間と日本人の美意識

先日、金田一秀穂さんのエッセイを読んでいた時に、
“すっきり と ごてごて”について書かれてありました。

すっきりでイメージされるものは、片づける、見えるものを見えなくする、
濁りをなくす、うるさい音を静かにさせる・・・等色々あります。

本では、ヨーロッパ等の教会と日本のお寺という、人の集まる空間に
の違いに触れていました。
教会は中央に椅子、そして重厚な彫刻、ステンドグラス、
日本のお寺は、木の床に畳。つまり余分なものがないすっきりした空間、
とのことです。

西洋の部屋には壁一面に絵や写真、お皿等が飾ってあるが、
日本の部屋は壁が白か茶色で飾りは少ない、床の間に花を飾る・・・。

現代の日本の家は随分変わってしまったし、物があふれる世の中
必ずしもそうとも言えませんが、言いたいことはわかります。

ものがないことで創り出される美は、引き算の美であり高い美意識が
要求されます。

昨年12月にフランスでオープンした、ルーブル・ランス美術館。
設計者は、コンペで見事優勝した日本人建築家『SANAA』。

多くの光を採り入れた、明るくて、環境と調和したすっきりした空間だそうです。
また、彼らのもつ、日本の美が評価されたとも言われています。

すっきりは、清々しいというか気持ちがいいですね。

改めて、すっきりした空間の良さ、もともと日本人が持っていた美意識の
高さについて考えさせられました。
物を減らしすことで、美意識を高めたいですね。

それにしても、ルーブル・ランス美術館、行ってみたいものです・・・。

エピメニデスのパラドックス 「クレタ人は嘘つきだ」とクレタ人が言った

エピメニデスはクレタ人で紀元前500年頃にギリシャで予言を行ったと
言われている哲学者です。

「クレタ人はみな嘘つきだ」という言葉を残し、後に、「エピメニデスのパラドックス」という
論理的矛盾として取り上げられました。

勿論、エピメニデス自身にはその意識はなく、嘘つきクレタ人には自分を含めては
いなかったようです。
また、“全てのクレタ人”という意味で言ったわけではありません。

言葉の背景や言葉自身が含む意味を考えずに、文だけを論理問題として考えると
矛盾が生じますよね。
クレタ人が皆嘘つきなら、嘘つきといったクレタ人の言っていることも嘘になって・・・。
なんだか頭がこんがらがります。

普段、気が付かないだけで言葉の矛盾はきっと多いだろうと思いますし、言葉の捉え方で
随分変わったり、誤解も生じたりします。
今の情報化社会なら尚更です。

言葉は、意思を伝えるものだけれども、同じ言葉でも人それぞれ受け取り方で
伝わり方が変わったり、地域や他国によって受け取るニュアンスが変わったり
正しい意味を伝えるのは難しいですね。

意外と想像力がいるものです。

赤いバラと本の贈り物・・・サンジョルディの日(4月23日)

   サンジョルディは、キリスト教の聖人で、聖ゲオルギウス(セントジョージ)です。
   カタルーニャ語(スペイン)でサンジョルディです。

   スペインのカタルーニャ地方では、4月23日は男性は女性に赤いバラを贈り、
   女性は男性に本を贈る日とされていますが、男女ともに本を贈りあうことも
   あります。

   赤いバラと本・・・?

   サンジョルディの伝説で、ある村での龍の退治の話があります。
   その村では、生け贄をささげていた大きな龍がいました。
   王女までもが生け贄にされてしまったのですが、偶然、白い馬に乗った
   サンジョルディが通りかかり、龍を剣で突き刺し、見事王女を救い出しました。
   (白馬の王子様ですねぇ・・・)

   その時、剣で刺された龍から流れ出た血が地面に流れ、美しい赤いバラが
   咲いたそうです。

   龍と闘うサンジョルディの話は、カタルーニャのスペインからの独立精神とも
   重なったためか、カタルーニャ地方では現在もサンジョルディへの信仰が人々の
   アイデンティティーに結びついているようです。

   また、4月23日は、偉大な作家の命日でもあります。
   スペインではセルバンテス(ドン・キホーテの作者)、イギリスではシェイクスピア
   (暦の関係で多少日がずれるようですが・・・)
   文学とも縁のある日でもあります。

   日本でも4月23日を本を贈る日とし、読書の日ともしています。
   他国のイベントにのるのが好きな日本ですね。
   しかし、読書好きな私としては、ロマンティックな伝説をもとに
   本とバラを贈る日があるということはとても素敵な習慣だなぁと思います。

Dscf0372                 バルセロナのランブラス通り
                賑やかで明るい通りです。

Dscf0365_2                 ランブラス通りにあるお花屋さん
                赤いバラも売られています。